2016年5月7日土曜日

3つめの選択

北海道の海上保安庁から私宛に電話がかかってきたのは、ちょうど1週間前の日曜日の午前のことだった。
 
横浜港から北海道苫小牧港へ向かったフェリーから下船するべき乗客2名がかけていて、海に転落した可能性があるとのこと。その2人のものと思われるバックがフェリー内に残っていて、しかし、二人の身分を証明する財布、携帯などは残っておらず、唯一女性ものの名刺入れの中に1枚名刺が残っていた。それが私の名刺だった。
    
 
「おそらくカルティエの名刺入れではないですか?黒い皮製で正面左下にシルバーの金具がついている」
  
   
そうです、と海上保安庁の職員は言い、二人のことをご存知でしたら、詳しく教えていただけますか?? もう1人は男性のようなのですが、と訊ねてきた。
  
 
2人のことを、詳しく・・・
  
 
私は何から話せばよいのだろうか。
  
 
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女性は内省傾向の強い謙虚で背の高い美人だった。内省傾向の強い女性が一般的にそうであるように多くの友だちと接するよりも、少数の友だちと深く付き合いことを学んだ。週末は家にいることを好み、読書が何より好きだった。
  
「本がある生活が好き」というのが口ぐせだった。
  
そして、悲しい瞳の笑顔を作った。 彼女が常に何を考えているのかよくわかる。自分への反省、自虐、落ち込み、思慮、ふりかえり。彼女は常に思い悩んでいて、悔やんでいた。常に自分を責め、周りから距離を取ろうとした。
 
 
そして、「死」を考えていた。いつも、いつも。
  
 
 
彼女の想いはよくわかる。そう、私の亡くなった以前の恋人によく似ていたからだ。
  
  
  
   
一方、男性は軽さ、言い換えれば、精神的な頼りなさが魅力の男性だった。彼の危うい言動、思考、態度は、周囲の者を不安にさせ、驚かせ、そして嫌悪させた。しかし、それ自体が彼の魅力であり多くの者を惹きつけた。 とくに女性にとっては、たまらない魅力を持った男性に映ったのであろう。多くの女性がその魅力にひきこまれてゆくのを何度も見たことがある。
  
  しかし、その結果、彼は彼自身の生活を拘束させるような結果となった。いまの結婚相手との間で法律的な拘束力があるしばりが多数できあがったのだ。そのせいで彼は暗い影に覆われていたけれど、それも彼の性質に起因するものだから、すべての原因は彼にある。。
  
   
そんな二人がお互いに惹き合うことは当然だったのかもしれない。影は影に惹かれあうのだ。
  

  
2人は出逢うとすぐに急速に距離を近づけていき、深い深い関係になった。
 
  

しかし、彼らの蜜月も長くは続かず、周囲の反対、抵抗を受けることとなった。そのなかで彼らの恋愛はさらに盛り上がりを見せたのだけれど、それでも、最終的に彼らに次の3つの選択肢しかなかった。
  
1.続けて成就させる
2. やめて別れる。
  
そして、3つめ。
  
私は海上保安庁からの電話で3つめの選択肢を彼らが取ったことを知った。
     
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私は彼らの共通の友人だった。彼らが存命のとき、私は彼らにそれぞれ言った。
   
あなたが愛しているのは彼/彼女の本当の姿ではなく、彼/彼女に投影されたあなた自身であると、あなたが愛しているのは、彼/彼女ではなく、あなた自身の影であると。
   
 
しかし、彼らはその意味を理解することなく、海の中に散って行った。
   
  
自分自身の影への愛を、相手への愛であると信じて。それが真の愛であると信じて。
  
 
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私は願う、彼らの魂が海に漂わず、天に召されることを。
   
 
彼らが最期の瞬間まで自分たちの誤解に気づかず、最期の時を迎えたことを。
  
 
そして、私は祈ろう、海のなかで、空のうえで、彼らの魂がひとつに固く結ばれることを。
  

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