2016年5月10日火曜日

深く、強い手


~長文です。お時間あるときにどうぞ~
 
 
8月中に私との将来について結論を出してほしい、と彼女に言われていた。12歳年下の彼女は来月28歳になる。
 
彼女と出逢ったのは偶然だった。2年前、友人が主催するグループ形式のワークショップに参加して、同じグループになったのが彼女だった。 金融機関に勤務する誠実さと少女らしさを併せ持った女性だった。長い黒髪と背筋を伸ばして椅子に座る美しい姿が彼女の内面の強さを表していた。僕は、ひと目見て、彼女に惹かれ、ひとこと話して彼女に恋に落ちた。そんな恋だった。 彼女と過ごした2年間、少女らしさを残していた彼女が真の大人の女性に変わって行くのを見ることができた。それはステキな時間だった。
 
しかし、同時に彼女に対して罪の意識も感じていた。彼女との恋愛が普通の恋愛であったならば、彼女は少女らしさを残した誠実な女性のままだったかもしれない。でも、僕は結婚していて家族もあり、僕と彼女は不倫関係にあった。そう、彼女にはつらい思いをさせていて、それが彼女に心的変化を促していたからだ。
   
  
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その年の夏、白馬岳(しろうまたけ)に登りたい、と言い出したのは妻だった。白馬岳は長野県の北アルプスにある標高2932メートルの山だ。妻は小学生の頃、家族で登ったことがあって、とても楽しい思い出があると言っていた。自分も大人になって家族を持ったら登ろうと思っていて、今年、娘も6歳になって脚力もついたし、妻も6歳で白馬岳に登ったから、今年は白馬に登りたい、妻はそう力説した。
 
妻の家族は家族仲がよく、妻の家族が登山のようなことから家族仲を強めてきたのであろうことはよくわかった。そして、いま、妻は妻なりにいまの家族~僕、妻、娘~について何かを感じ、その結束を強めたいと願っているようだった。
 
私としては仕事が忙しく、精神的に余裕がないこと、お金も時間も使いたくないこと、さらに金融機関に努める彼女とのこともあって、家族旅行は控えたいと思っていた。とくに登山のような危険を伴うスポーツは、ここしばらく運動不足になっていたので避けたいと思った。ここでケガをして仕事や生活に差し障りが出ても困る。
 
しかし、夏休みにイベントが欲しいという妻と娘の説得に勝てず、白馬岳登山に出かけることにした。7月最終週に休みを3日取った。
  そして、登山に出掛ける前日の夜に彼女に会ったところ、来月中に、自分との関係の結論を出してほしいと迫られた。長い黒髪を指で梳きながら。彼女の細い指をつやのある黒髪が流れてゆく。
妻と離婚して彼女と再婚するのか、彼女と別れるのか、来月中に決めてほしい、彼女は言う。彼女の年齢もあり、彼女がそのように問うてくるのも当然だと思った。 どちらにしても、9月から新しく次のスタートを切りたい、と彼女は言った。
 
あなたを信じている、とも彼女は言う。
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彼女のことは好きだった。ひとりの女性として、ひとりの人間として。12歳年下だったけれど彼女の勤勉さ、誠実さには強く惹かれる部分があったし、この女性と共に暮らしていけたらと思う気持ちも強かった。真面目すぎて息が詰まるところもあるけれど、二人のときに見せる甘える態度はかわいらしく、何より美しかった。女性が、最も美しくなると言われる28歳に向かって共に時間を過ごせたのは僕にとっても貴重な経験だった。
  一方、妻のことも好きだった。好きという感情は結婚8年も経つと薄れてきて、そばにいてくれる感謝の想いさえ薄れてきていたけれど、自分の娘を産んでくれたし、次の子どもも産みたいと言ってくれていた。とてもありがたく思う。男にとって自分の子どもを産みたい、と言ってくれる女性はうれしい存在だ。大切にしたい。 
  しかし、妻の自分に甘い性格や、言い訳が多いところにはうんざりしていた。僕は自分に厳しく、ストイックな性格な方だけれど、それを妻に求めると、妻はそのようなことはイヤという反応だった。妻と僕とは別の人格、とはわかっているけれど、妻に自分を求めてしまうのは、自分の幼さだったのかもしれない。 妻にない部分を外の彼女に求めてしまうのも僕の幼さだったのかもしれない。 その幼さも積み重なって行くと、いつしか心の距離が広がって行く。まるで彗星が太陽から離れてゆくように。
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白馬岳ふもとの山荘を出発した時点で計画から1時間ほど遅れていた。妻の寝起きが悪く、出発の準備が遅れたためだ。確かに前日、松本城に寄るなどして山荘に着く時間が当初予定を3時間ほど遅れ、就寝時間も遅くなった。妻は僕と娘が寝入った後も、荷造りなどを改めて行ったため、寝ついたのは午前1時過ぎになってからのことらしい。 睡眠不足は登山にはまずい、集中力が途切れ、高山病にもなりやすいから早く寝るようにと言っておいたのに、寝るのが遅れ、さらには起きるのも遅れた。その結果、山荘の出発も遅れたのだ。妻のこういうところが僕をいらだたせる。
 
   
当初の計画では午後1時頃には、ゴールとして山頂にある白馬山荘に着いている予定だったから、順調に進んだとしても到着は1時間遅れて午後2時頃の到着になる。何かあればさらに遅れる。
 
 
山での時間は貴重だ。山での遅れは生死に直結する。
 
   




 
白馬岳は大雪渓が有名で、全長3.5キロ、標高差600メートルの万年雪の大パノラマが広がる。両前方に広がるうつくしい山肌も感動的な景色だ。 その大雪渓に到着し、登り始めたのは午前7時頃だった。ふもとの山荘を出発してからここまでの所要時間はコースタイム通りだったけれど、当初の時間が1時間遅れていたからやはり大雪渓への到着は1時間遅れていた。もともとは6時頃から大雪渓にアプローチする予定でいた。 しかし仕方ない、過ぎたものは取り返しがつかない。僕は当初立てた計画に固執し、フレキシブルにできない傾向がある。実際に、時間が遅れた今、このまま進むしかない。予定はあくまで予定だ。当初の予定を適宜変更してこそプロジェクトは進む。
  大雪渓を中ほどまで進んだところで、当初の予定時間から2時間ほど遅れていることが分かった。妻の体力が思った以上になく、進みが遅かったのだ。
  まずいな、陽があるうちに山頂の山荘までたどり着けるだろうか。
 
  
大雪渓の左右に広がる屏風岩の山の尾根から、時折、落石の音が聞こえる。からんからん、ころんころん、ごーんごーん、どーんどーん。落石音に気づいて山肌を見つめると、大きな石や小さな石が落ちてきているのが見える。あの石はどのくらいの大きさだろうか。50センチはあるようにも見える。落石は何百メートルも先のことだから直接、自分のところに落ちてくることはないのだろうが、それでも心配にはなる。イヤな音だ。
   
 
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    落石があったら、逃げるな、後ろを向くな。落石を見続けて、最後の瞬間に逃げろ、たとえどんなに大きい石であっても、当たらなければ怪我はしない、死にはしない。
  そう山登りの先輩言われた。キャリア40年にも及ぶ山登りの先輩だった。日本中の山を登りつくしている先輩で山の雑誌にも寄稿している人。業界では有名人だった。僕はたまたま高校の後輩だったというだけで、とてもかわいがってもらった。
  お前、山の魅力って何か知っているか??と先輩は言う。 わかりません、と僕は答える。 山ではな、自分を見つめ直せるんだよ、と言い、それ以上は語らない。不思議な先輩だった。
  
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  あの先輩も亡くなって、5年になるだろうか。8名のパーティーを引率して登った北アルプスでメンバーの1名が滑落したのを助けようとして、一緒に滑落してしまった。先輩らしい死に方だなと思った。先輩はメンバーの滑落に自分自身を見出したのだろう。
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  白馬岳の大雪渓の登山を当初予定を3時間オーバーし7時間で終えると、お花畑と言われるエリアを過ぎ、稜線まであと1時間ほど、というところになったとき、雷雲が近づいてきているのに気付いた。 時間は午後2時、山の天気が崩れ始めてもおかしくない時間だった。 まずい。
  遠くから雷鳴が聞こえてくる。そして近づいてきている。
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  雷の怖さは知っている。山の先輩から聞いていた。 山の雷は気を付けろ、と先輩は言う。 山の雷は上から落ちてくるだけじゃない、下から山肌に沿って上に襲ってくる。右から、左から、前から、後ろから、アイツらは襲ってくる、龍やヘビのように。雷に囲まれたら覚悟を決めろ、死を意識しろ、そして祈れ、雷が落ちないことを。自分は救われるはずだと。
  実際、先輩は何回も雷に襲われ、地表を素早いヘビのように這ってくる雷をほんの数メートル先で交わしたこともあったらしい。雷をぎりぎりまで見つめて直前で逃げるんだ、と先輩は言う。あれに打たれていたらオレは今頃死んでいたよ、と先輩は言う。
  俺はついている、ラッキーだ、たまたまだと。
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  白馬岳のお花畑と呼ばれるエリアを過ぎたころ、急に日が陰ったことが分かった。まだ雨は降らない、雷も鳴らない、ただ視界が悪くなっただけ、数十秒~数分すれば視界は晴れる、たまたま雲にかかっただけ。 自分なりに気持ちを落ち着かせようとすると、徐々に雲は晴れていった。僕の心を惑わせる雲も、すぐに去って行く。
しかし、怖い。周囲の登山客も数が少なくなっている。みな先に登り切ってしまっている。僕たち家族は遅れている。あとから登ってくる人の姿も見えない。助けを求められる人はいなくなるかもしれない。自分たちのことは自分たちで責任を取らなければならないことになるかもしれない。
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  私と家族のどちらを選ぶか、決めてほしい、彼女は言う。 私は私の人生を損したくない。 あなたのことは好きで、一生一緒にいたいとも思っている。でも、あなたとの未来が見えないのであれば、私は決めなければならない。 彼女は言う。キレイな瞳で、大人になりつつある女性が見せる、その時期、特有の美しさと、はかなさで。
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  私たち家族3名が、山の稜線に着いた瞬間に500メートルほど先の山肌に稲妻が落ちた。妻も娘も大声を上げて立ちすくんだ。 まずい、と僕は思った。あの落雷を受けたら家族が全滅する。
 
稜線に着いた時点で娘は元気だったが、妻は消耗していた。疲労のピークだった。早く歩けと言っても妻は歩けなかった。一方、娘は元気だ。走ることもできるだろう。僕も元気だ。
  しかし、僕は走ることはできるけれど、3人分の荷物が入ったリュックサックが重かった。ジャマだった。このリュックさえなければ、この重ささえなければ、僕も走って逃げることはできる。 しかし妻はムリだ。妻はいま走ることはできない。疲れすぎていて、歩くのもやっとだ。もし雷が来たら、と考える。もし雷が来たら、妻を置いて逃げるか??娘と僕の二人で逃げるか??
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  そんなことを考えているうちに、雷がさらに近づいてきているように思えた。稲光はその明るさを増した。
 
さて、どうする、と僕はできるかぎり冷静になって考えようと努めた。 もし、雷が最接近してきたらどうするか。雷に取り囲まれたら?
  
  選択肢はいくつかあった。  
ひとつめ、家族全滅でもいいから家族全員一緒にいて雷に立ち向かう。 雷だって当たらなければケガしない。ギリギリでも避ければいいのだ。
   ふたつめ、雷に立ち向かうとしても、家族全滅にならないよう、家族で距離を置いて、隠れるところに身を隠して、雷をやり過ごす。
 
この場合、落雷があったとしても、家族それぞれに距離があるから、みな一斉に感電してケガをしたり、命を失ったりは避けられるかもしれない。山で雷にあったら離れて非難しろと、山の雑誌に書いてあった。 私たちは山の初心者だ。山の天候や、山での悪天候の対処法を完全に知っているわけではない。落雷で感電して死んでしまうかも、と思った。翌日の新聞に載るであろうニュースや、妻と私の両親や友人・知人たちに伝わるであろう知らせなどを思った。  
  僕の人生もここで終わりか、と覚悟した。
  あるいは、娘一人だけ、山荘に避難させるか。稜線に登ったところで山荘は見えていた。それでも時間にして1時間から1時間半はかかるだろう。娘には走ってもらって山荘へ避難してもらおうか。彼女はまだ若い。未来がある。彼女一人だけでも生き残ってくれれば、私たちの命は続く。私と妻は30代とはいえ、娘の未来に比べれば残された時間は短い。娘一人だけでも生き延びさせるべきではないか。 それとも両親である僕や妻と一緒にいさせて娘の未来を絶つか。
  さらにはこんな選択肢も思った。
  僕が家族を裏切って残して逃げる。荷物も家族も捨てて走って山荘へ逃げる。
 
妻のことは好きだった。大切な人であることは間違いがない、僕の人生のなかで、重要な位置を占める人。 しかし、恋愛当初や結婚当初の感覚とは違っていた。結婚8年も経ち、うんざりとした、イヤになる感覚もあった。 結婚ってそういうものだ、と山の先輩も言う。先輩は奥様とはとても仲が良い方だったけれど、その先輩が言うのでそうなのだと思った。 恋は冷める、そして愛になる。先輩は言った。 妻への恋は愛にならない、その時思った。その恋は僕の重荷にしかなっていない。
  体力がなくて山登りはムリだと言ったにもかかわらず山に登りたいと言った妻のわがまま。それを許した自分。家族で山を楽しみたいと思った娘の純粋さ。そのようなことがない交ぜになって、僕の心を締め付けた。
  このまま家族全員で死ぬのならば誰かが生きて、次の人生を生きるべきでは??それは、娘?僕??妻?? 僕が妻と娘のそばにいても、落雷によって全滅してしまうかもしれない、そうであれば一家分離して誰かが生き延びる確率を上げるべきか??たとえ誰かが死んだとしても、それは生物学的には正しいのかも?生物が生き延びることが目的であれば、誰かが家族を残してでも、生き延びることが正しい選択では?? そんな風に思った。
雷が少しずつ、僕たち家族に近づいてきている気配を感じる。決断は迫られている。
  彼女との決断についても思った。28歳になる金融機関に勤める彼女。美しい女性に転身した彼女。彼女とのことも考えた。彼女はいま僕がしなければならない決断についてどのように言うだろうか。僕が生き延びて聞けるのであれば聞いてみたいと思った。 仮に僕が家族を山で捨てたとして彼女は称賛してくれるだろうか。 家族ではなく、君を選んだと言ったら彼女は何と言うだろうか。
  そのとき、どーん、とものすごい音がして落雷があったのは200メートルほど先のことだ。まばゆい光と、耳に突き刺す音と、身体を突き抜ける振動があった。
  

   娘が驚いて泣き始めた。泣くんじゃない、と僕は思った。泣くと気持ちが冷静ではいられなくなる。
その直後に雨も降り始めた。大粒の雨が僕たち家族を襲う。 ひょうも交じっているのではないかと思われるほどの大きな雨粒が僕らを襲った。 氷の塊が身体にあたって痛い。
  ここで死ぬのも悪くないか、僕は思った。家族と一緒だし、結論を迫る彼女とも直面しなくて済む、仕事は僕以外の誰かが引き継いでくれるはず、僕の代わりになる人なんてたくさんいる。自分の命は社会的にそれほど価値のあるものではない、親や兄弟にとっては僕らが死ぬことは悲しいことだろう、ほかに替わるものがないから。 ただ、社会全般にとって、僕らの死は新聞やテレビでのニュースでしかない、本日昼過ぎ、白馬岳稜線付近で一家三名が落雷により死亡しました。これにより今年の山での死亡者は○名になりました。 というような、そんなニュースにさえならない、プライベートなニュース。
 
 
雷鳴が近づいてくる。空がゴロゴロ鳴っている。先ほどは200メートル先だったのはいまは150メートルか、100メートル。稲光も光る。
  もう、終わりか、と僕は思った。ここで僕の人生も終わり。
 
 
僕は自分の人生を振り返った。人生の重要なシーンが頭を巡った。小学校の入学式、遠足、運動会でクラスの代表でリレーに出たこと、母親の膝枕で耳をきれいにしてもらったこと、初めての恋、初めての挫折、いまの会社への就職、妻との出会い、娘が生まれたときのこと、彼女との出会いなど、いろいろ。 楽しい人生だった、というのが実感だった。やり残したことはある、28歳の彼女に別れの言葉を残さずに去ってしまうことに悔いはある。また、もっと真剣に生きればよかった、仕事に全力を費やせばよかった。 後悔は多い、でもそれはそれだ。それも僕の人生であり、僕という命の使い方だ。命を使い切ったとは言えないけれど、それはそれで僕の生きざまなのだ。
  そんな風に思った。
  落雷が50メートル先であろうか、すぐ目の前に落ちたときに娘と妻が叫んだ。いやだ、こわい、逃げたい、死にたくない、そんな風に。  
  でも僕は覚悟を決めていた。すべてスローモーションだった。稲妻が瞬くこと、落雷の大きな音もすべてゆっくりで、静かだった。すべての時間が一コマ一コマ進んでいるように思えた。 僕の人生もこのように進めばよかったのに、と後悔した。そのように僕の人生がゆっくり進めば、人生の選択も誤らなかっただろうに、人を傷つける言葉も言わなかっただろうに、僕を裏切った人、僕が裏切った人たちに、よりあたたかい言葉をかけられたろうに。
 
 
そんな後悔が頭を巡った、稲光よりも早く、雷鳴よりも大きく。
  
 
 
お父さん、座って、と娘が叫ぶ。立っていると危ないから。
 
 
 
力なく、佇んでいる僕に 娘が叫ぶ。
 
    手をつないで、お願いだから手をつないでいて、と娘が言う。 6歳の娘が、死ぬことについて何も知らないであろう娘が、人生について何も知らないであろう娘が、言う。
  
   かわいそうな娘、6歳で死んでしまうかもしれない娘、恋愛も経験せず、おいしいものも食べずに死んでゆくかもしれない。 妻はおびえて泣いている。膝を抱えて泣いている。妻も死ぬかもしれない、決して幸せとは言い切れない結婚生活を僕から提供され、このような大雨が降り、落雷に見舞われる山の稜線で妻は死んでゆく。哀れな人生だ、申し訳ないな、僕と一緒にならなければ、もっと良い人生を送れたかもしれないのに。
 
 
 
娘が叫んで言う、お父さん、お願い手をつないでいて、怖いの、怖いから手をつないでいて、お願い、手をつないでいて、お願い、手をつないでいて。
 
 
お父さん、手はつなぐためにあるの、だからお願い。
  泣きじゃくる娘の顔を見ながら僕は娘の手を握る。とても小さな手、なめらかで、傷一つさえない手。人を好きになったこと、男性の手を握ったこともなく、手で愛を語ることもなく、今日で命を終えるかもしれない手。
 
妻の手も握った。38年間の短い人生を終えるかもしれない手。思ったよりも小さくか弱い手。そうか、妻はこんな小さな手で人生を生きていたのだな、僕が家族をないがしろにして、心理的に妻につらい思いをさせたり、僕が彼女を裏切っていた間にも彼女はこんな小さな手で懸命に生きていたのだ。
   
雨が降る。多くの、多くの雨が降る。天が泣き叫んでいるかのように、多くの雨が降り、雷鳴がとどろく。
   
僕は思った。そして涙が出た。
 
山の稜線で大量の雨に降られながら僕は自分が涙を流すのがわかった。深い後悔と長い懺悔。自分の人生に対する悔い。その思いから自然と涙が流れてきた。 涙は、雨に混じらない、心からの想い。
  そんな風に思った。
 
 
そして、私たち家族は手を握り合った。僕は娘と妻の、妻は僕と娘の、娘は僕と妻の。 死を覚悟しながら、雷鳴の大雨に打たれて、あと数秒後には命が終わると覚悟しながら。
 
 
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あの時の気持ちを何と表現したらよいのだろう。 神がその長い沈黙を破り、我が家族に舞い降りてきてくれたように思った。
  
光とともに、山の無音の景色とともに。  



   
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私たち家族が手を握り合い、命の終わりを覚悟した瞬間、雲は晴れ、雷は去った。雷がまるでなかったかのように、大雨が降っていたのがウソだったかのように雨がやんだ。
 
 
天が雨を止ますことに、何の後悔もないかのように。
 
 
 
そして、思った、山の神が、山の風が、山の鳥たちが、山の草花が、そう山のすべてが、そして、太陽、さらには山で滑落して亡くなった先輩が、僕たち家族を歓迎し、祝福してくれていると。  
 
 
君たち家族はまだ生きろ、ここで命は奪わない、お互いのためにもっと生きろ。
 
 
  僕たち家族はその場にしばらく留まり、身支度を整えて、改めて山荘に向かって歩き始めた。全身は雨でぬれてしまって体は冷えていたけれど、心のどこかにあたたかい希望があった。
 
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  山頂にある白馬山荘で一泊し、翌日、登山を終え、山のふもとに帰ってきたあとで、僕は彼女にメールを打った。 彼女の想いを裏切ることになるし、彼女の夢を断ち切ることになるのだけれど、僕の心は決まっていた。僕は家族と共に生きる。彼女と生きることはできない。  
   彼女宛のメールに、次のように書いた。
  ごめん、大変申し訳ないのだけれど、僕は山で大切なものを見つけた。それは家族だった。山の神は僕たち家族にいま一度チャンスをくれた、家族で力を合わせて生きろと。 だから君とはもう付き合えない、僕の君への想い、過去に言った言葉、過去の行動にウソはなかったのだけれど、いまの僕は過去の僕ではない。だから、ごめん、僕を嫌ってもいい、憎んでもいい、僕に何を思ってもいい。僕とわかれて、君は君で幸せになってほしい。
 
詳しくは会って話したい。 また会おう、もし君が応じてくれるならば。
 
 
そんなメールだった。
 
そして、数分後、彼女が細い指で携帯電話を操り、メールを開いたことが、感覚的に察することができた。僕にはそういう能力がある。不思議なことだが、ときに、遠く離れた人の行動を感じることができる。
そして彼女は泣き始めた。細い指をした美しい手を口元に充てて、声を殺して、涙を抑えて、心で泣き始めるのがわかった。
 
 
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白馬岳のふもとから車を運転して自宅への帰る道の間、今回の登山で軽い傷をした自分の手を観ながら、娘が言った、手はつなぐためにある、という言葉を思い出した。
 
 
 
  そう、この手は誰かの手とつなぐためにある。
 
   
  僕は愛する人と手をつないで生きてゆこう。
 
 
深く、そして、強く。
    
そんな風に思いながら、僕は家へと車を走らせていた。 僕の贖罪を山に残したままに。
 
 
 

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