2016年5月4日水曜日

長い恋の区切り

昨年、小中学校の同窓会を行ってから、同級生と仲がよい。何かあると集まっている。

先日は友人と飲んだ。ひとしきり仕事や自身の近況報告をし、同級生に関する情報交換をして、盛り上がった。友人はお酒は強くないほうだけど、その日はやけに機嫌がよく、たくさん飲んでいた。 何かお酒に勢いを借りたがっているみたいだった。


ある程度話すべきことは話してしまった後、実はさ、と友人が切り出した。

「同級生にさ、Mっているじゃない?オレ、あいつのこと、小学生の頃から好きでね・・・」

「ふーん。知らなかったよ・・・」

「そう、誰にも言ったことないからね。おれさ、あいつのこと、ずっと好きでさ、小学3年のときに好きになったんだけど、もう30年くらいずっと好きで・・・」


友人が言うには、小学3年生の時、校庭で遊んでいて、大きく転んでひどいすり傷ができたときに、たまたま近くにいたMが介抱してくれたそうだ。Mは傷口を水道で洗ってくれて、保健室に連れて行ってくれたらしい。Mは保健室の先生と一緒に、友人の傷口に消毒液を塗って、絆創膏を貼ってくれた。そのときのMの笑顔がかわいくて、やさしさがうれしくて、友人はMを好きになったという。

「でもさ、Mを好きなことって、誰にも言えなくてさ、ほら、Mって、お父さんが暴力振るうかなんかで、問題があって、ちょっと暗い感じのところあったじゃない?いじめられていたみたいで、学校も休みがちだったし。そんなMを好きになったって、人に言えなくてさ」

「ふーん」

「でもさ、去年の同窓会に、M、来てたでしょ、えらいなーと思ったんだよね、小学校で良い思い出なさそうだったから、参加するのつらいんじゃないかなぁ、って思ったんだけどね。それでね、あの時、Mと話してさ、メールアドレスとか交換して、しばらくメールやり取りしてたんだよね。それで、今年の春、耐え切れなくなって、思い切って、メールに書いてみたんだよ、オレ、結婚して子どももいるけど、お前のことがずっと好きだったって、誰にも言ったことなくて、ずっと隠していたんだけど、ずっと忘れられなかったって」

「へぇー、それで?」

「それでさ、返事が来たんだよ、しばらくして。」

「なんだって」

「ありがとう・・・って」

「ありがとうって、それだけ?」

「それだけ」

友人はそう言って笑った。


友人は10年ほど前に結婚して、女の子の子どもが1人いる。今年8歳になると言っていた。二人目の子どもは欲しいけれど、なかなかできず、不妊治療もしたけれど、できなかったと言っていた。奥さんの年齢的にも、もう諦めているとのことだった。昨年の同窓会で会ったときには、奥さんとの仲がうまく行っていない、離婚かも、と言っていた。仕事がうまく行かなかったり、親が大病して亡くなるなど、いろいろなことが重なって疲れてしまったと言っていた。


一方、同窓会の場で、Mはとてもキレイになっていた。僕は、あまり多くは話せなかったのだけれど、年齢相応のかわいらしさと色気を持ち合わせた素敵な女性になっていた。小学生のときは暗い印象だったからだいぶ変わったな、と思った。彼女のテーブルには5、6名座っていたのだけれど、飲み物がなくなった人の飲み物を用意したり、話がつまらなそうな人がいたら話題を変えるなどして、場を盛り上げていたみたいだった。ホントは、気の利く、頭のいい子だったのだな、と思った。キレイな笑顔だった。自信に満ち溢れているみたいだった。


Mと少し話をしてみると、すでに結婚していて、ご主人と二人のお子さんと遠くの街に住んでいると聞いた。ご主人の転勤が多く、次は海外赴任に行くかもしれない、と言っていた。

「大変だね」と僕が彼女に言うと、

「大変だよー、でも楽しいからいいんだ」と、幸せそうに答えた。


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友人は大きくため息を付いたあと、お店の人に飲み物を注文して、しばらく黙ったあと、静かに口を開いた。

「おれさ、Mのこと、ずっと好きで、でも誰にも言えなくて、ずっと隠してた。なぜ、誰にもいえなかったのかわからない。言ったら何かが壊れてしまいそうな気がしてさ、なんとなく。


学生の頃とか社会人になって、何人かの女の子と付き合ったりしたんだけど、それでもMがいちばんでね。あいつからもらった優しさとか心とか、そういったものがとても大事で、ずっと心にしまっていた。


それだから、女房と結婚した後でも、女房にもどうしても、Mを超えられない部分があってね、なんていうんだろう、女房のことは好きだし、大切なんだけれど、女房と誠実に向き合えないっていうか、無意識に避けてしまうっていうか、諦めてしまう部分があってさ。そんなんじゃだめだ、女房ときちんと向き合わないとならないって思っていたんだけど、どうしてもあいつのことが頭にちらついちゃうんだよ、Mのことがさ。女房には、申し訳ないと思いつつ」

「ふーん」と僕は言った。

「それで、去年の同窓会でMに会えて本当にうれしかったんだ、オレ。25年ぶりだからさ。それで、メールアドレスとか聞き出して、月1、2回くらいだけど、メールしあって、それでもうどうしようもなくなって、春先に、思い切って、気持ちを伝えたんだけどね・・・。そしたら、なんていうかさぁ、気持ちがすっきりしたんだよね。心に区切りがついた、っていうか、新境地に立てたっていうか、やっと大人になれたって言うか・・・」

「よかったね。」

「よかったよ。ホントに、よかったよ。」 友人が答える。うれしそうに。


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男ってバカだな、って思う。男っていつまで子どもだ。子どもで、幼くて、そして、ピュアだ。

たぶん、どの男のなかにも、心の中に、少年がいて、その少年が胸に抱えているやわらかくて傷つきやすい部分を、大人になった男たちは、必死に、傷つかないように、失わないように、体を張って守って生きている。そんなことをしても何もならないかもしれないけれど、それが男のはかなさであり、魅力だ。


男って切ない。 そして幼い。


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友人はMからありがとう、というメールをもらった以降、Mとは連絡していない、という。

そして、そのメールをやり取りしたあと、友人は奥さんとの仲が次第に良くなったという。


春の終わりには、娘さんを妹さん宅に預けて、奥さんと2泊3 日で北海道旅行に行ってきたそうだ。お酒の弱い奥さんにお酒を飲ませて、二人でゆっくり話をしてきたとのことだ。とても楽しかった、と友人は言っていた。女房に正面から向き合い、本当に心を開けたのは初めてだと言っていた。

「よかったね」と僕が言う。

「よかったよ。ホントに、よかったよ。」と友人が言う。


そのとき友人の携帯電話が鳴り、友人がメールをチェックした。少し顔を緩ませて笑った後、女房からメールが来たという。

「女房が、早く帰って来いって、大事な話があるからって」 友人が言う。

「大事な話?」

「そう、妊娠したって。」


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小学6年の時、僕は放課後、Mに呼び出されて話を聞かされた。Mはその友人のことが好きなのだけど、どうしていいかわからないと。告白したいけれど、私は友人とはつり合わない、と。


「そんなこと気にしないでいいと思うけど」と僕が言う。

「そうじゃないのよ、あなたは何もわかっていないのよ」とMが答える。


Mは友人にとても優しくしてもらったと言っていた。小学1年生の頃に、Mのお父さんが家で暴れて、家に帰りたくなかったときに、友人が家に誘ってくれて、夕方まで遊んだことが何度もあったという。友人自身もやさしかったし、さらに、とても優しいお父さん、お母さん、そして妹さんがいて、とてもうらやましかったという。 その頃からMは友人のことが好きだったと言っていた。

でも、好きと言えない、言ってはいけない、と思っている、と言っていた。

私は汚れていて、この世に存在してはいけない人だから、と言うようなことも言っていた。

当時はよくわからなかった。いまはなんとなくわかる、なんとなく。



小学6年生の2学期の途中で、突然、Mは引っ越してしまった。

どこに引っ越したかは誰も知らなかった。



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もし二人にもう少し勇気があったのなら、もし二人にもう少し気の効いた友達がいたのなら(僕のことだ)、二人の運命はまた違っていたものになっていたかもしれない。二人はすれ違うことなく、恋仲になって、いまとは異なる人生を歩んでいたかもしれない、と思う。


そうしたら、世界はいま以上に明るく輝き、鳥たちはより高らかに鳴くのかもしれない。



いまとなっては誰にもわからないけど。



誰にも。 

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