2016年5月5日木曜日

手紙 Ⅰ ~ 子どもたちへ ~



はるくん、はなちゃん
 
このような手紙をあなたたちに残すことはとても残念なことだけど、お母さんの体調がいつまで良い状態でいられるかわからないので、手紙を残しておきます。
  
 
お母さんの病気のことはお父さんから聞いていると思います。あとどれだけもつかわからないそうです。あと数週間かもしれないし、あと数か月かもしれません。でも、数年はないそうです。来年のあなたたちの誕生日をお祝いできるかもわかりません。
 
でもね、お母さんね、自分の命が終わってしまうかもしれないということに悔いはないの。命の終わりを迎えるのは残念なことだけれど、それでも、悔いはないの。ほんとにね。 
 

というのもね、お母さん、8歳のときにとても大切な友達を亡くしたの。隣りの家に住んでいた女の子だったのだけど、生まれたすぐあとくらいに初めて会って、ずっと一緒に育ったの。誕生日も近かったし、お母さん同士が仲良かったこともあって、姉妹のように育ったのよ。 

でもね、その子が8歳のときに病気で亡くなってしまったの。すごく急だったわ。夏の初めに、調子が悪くなって、秋になる前に亡くなってしまった。とても重い病気だったらしい。
  
 
お母さん、その時すごく泣いたわ。ずっと、ずっと泣いたわ。
  

冬が終わるくらいになって、ようやく悲しみが和らいだときに、お母さん、決めたの。一日一日を丁寧に生きようって。すべてのことを丁寧にしようって。 
 
そうすることが亡くなった友だちの想いを引き継ぐことになるし、彼女への悲しみを和らげることになると思ったの。はっきりした理由は言葉で表せないのだけれど、なんとなく。
 
お母さんね、その子の死に接して、私の死も決して遠くにあるものではなくて、すごく身近にあるものって気付いたのね。死は薄いベールのように私の身体を覆っていて、あるときは私を守るし、あるときには私を奪うものだって気付いたの。それから、お母さんは、死と一緒に生きてきた。 
 
それと同時にね、すべてを丁寧に生きようって決めたの。命って大切で尊いものだから、命にかかわるものは、決して雑や、適当に扱ってはいけなくて、ていねいに、ていねいに扱うべきだって。そうすることが「生」を生き切ることと同じだって思ったの。
 
 
それからすべてのことを丁寧にすることに努めたわ。 
 

人との接し方、家族との関係、話す言葉、考えること、時間の過ごし方、表情、感情、気持ち、食べ物、洋服、本の読み方、勉強、文字の書き方など。
 

高校生になったら人を好きになったのだけれど~あなたたちのお父さんのことね~、人の好きになり方についても、ていねいにしようと思った。
  

お母さんね、毎朝起きると、今日も一日ていねいに生きようって思っていたの。8歳の時から、32歳になるまで、毎日ずっとね。 

あなたたちがおなかにいて、おなかで大きくなってゆく時間も、あなたたちがおなかから出てくるときの痛みや大変さも、すべてを丁寧にしようと思った。 
あなたたちが双子で、男の子と女の子だって分かったとき、大変な出産になるけれども、そういう経験をできる女性も少ないから、丁寧に経験しようと思ったわ。 
 
それだから、人の何倍も充実した時間を過ごしてきたと思っている。お友だちや多くの人は、大切なことも雑に扱ったり、適当にしてしまったりするのよね。それってとてももったいないことなのに、とてもしてはいけないことなのにね。 
 
 
でも、多くの人は気づかないのよね、死が近くにいて、死に覆われて生きているってことに。雑や、適当に生きていても、後悔しないと思っているのよね。 
 

お母さんはね、ていねいに丁寧に生きてきて、人の何倍も充実したと思うわ。だからね、いま、このあとどれくらいの時間生きていられるかわからないってお医者様に言われた時でも、とくに怖くなかったの。残りの時間もていねいに生きてゆけばいいし、もし体の痛みがひどかったりしても、その痛みもていねいに経験すればいいって。 
 

こういう考えね、あなたたちにはまだ理解するのは難しいかもしれない。まだ6歳だものね。でもいつか理解することができる時が来るから、その時まで心のなかで置いておいてね。 
 

それでも、私、やはりあなたたちとこれからの時間、一緒に過ごせないと思うととても悲しい。 
 
私ね、あなたたちにとても丁寧に接したつもり。子育ても、お食事も、お洋服も、とても丁寧に作ったり選んだり。時間をかけたり、お金ではそれほど高いものは買えなかったけれど、お父さんのお給料のなかで、いちばんいいものをあなたたちに選んできたつもり。いろいろなものにこころを込めてきたわ。
 
ホントはこれからもずっとおいしいものを作ってあげたり、キレイなお洋服を買って作ったりしてあげたいのだけれど、それができないのがホントに残念、とても悔しい。悔しくて、いっぱい涙が出る。 
  
あなたたちの成長をもっともっと見ていたかった。あなたたちが大きくなるところ、成長していく姿、恋したり、勉強したりする姿。それが見られないことがとても残念。 
 
だからね、お願いがあるの、あなたたちにも丁寧に生きてほしい。これからの食事や自分の想い、夢、感情、お友だちとの関係、先生との関係、学校、習い事、お父さんとの関係など、いろいろなこととに丁寧に生きて。丁寧に生きて、それらを十分に味わって体験してほしいの。そうしたら、人生はよりよくなるわ。あなたたちの人生が、より充実したものになるわ。 
   
 
約束してね。 
  
 

あなたたち二人を愛するお母さんより

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